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虹の空へ

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「身毒丸 復活」

c0063587_170577.jpg08.03.01(土) 13:30開演 
シアタードラマシティ 下手ブロック10列目

記憶の薄れないうちに感想をと思っていたのに
例によってパンフを読み、
原典のことを調べ、伝承ものの奥深さに驚き・・・挫折。
みたいな(笑)ダメじゃん(汗)

「説経節」というものも今回初めて知りました。
中世から近世に日本で誕生した語りの芸能。
それが歌舞伎や浄瑠璃として伝えられ語り継がれて
後の世に様々な戯曲として書かれた。
そのうちの一つが寺山修司の「身毒丸」。
それを元に岸田理生さんが脚本を書いたのが
蜷川さんの「身毒丸」。なるほど。
こういうことくらい調べて行けよっちゅー話ですが(汗)

地味だったらどうしよう(寝ちゃうから)、ワタシの苦手なセリフで
ガーーっとまくしたてられる舞台だったらどうしようと余計な心配を
しながら行きましたが、とんでもない。
オープニングの5分で鷲づかみ。
何が始まるんだろうっていうワクワク感。
観る者を夢の世界へ誘う独特な浮遊感、見世物としての楽しさに
すっかりやられました。
ワタシはやっぱりストーリーよりも、その作品の世界とか醸し出すもの
その作品の雰囲気で好きになるんだなあ。

ってことで、印象に残ったシーンを中心に感想いきます!(長いです)(汗)



c0063587_1722560.jpgまずはオープニング。

舞台の天井の桟から3カ所で火花が散る。まずはそれにビックリ。
デカイ線香花火のような、それとも工事現場?と思ってたけど
やっぱりあれはグラインダーっていう石などを研磨する工具なんだね。
その中を通って、暗い舞台の奥からこちらに向かって歩いてくる行列。
その異様な姿に驚きます。
←こんな感じ。

なんだかでっかい箪笥のようなものを背負う人、仮面売りの賑やかな屋台を
引く人、珍妙なお面の人や花嫁やバレリーナまで。
そういう旅芸人たちが暗がりからゆっくりゆっくりコチラへ歩いてくる。

ああーー、好き好き!このヘンテコで悲しい感じが好き!
そこで一遍に現実から夢の世界へ。
唐突に始まったこのシーンは最後にも繰り返されるけど、物語を
見終わったあとでは、その悲哀や寂寥感みたいなものが違うのね。
もの悲しさも倍増です。
このシーン、好きだなあ。エレンディラの旅芸人たちの行列を思い出させるよ。
ワタシはこういう幻想的な舞台が好きなんだなあと思います。

あとインパクトが強かったのは、お母さんを買いに行くシーン。
お母さんが死んだから、旅芸人が母として自らを売り出しているお店に
お母さんを買いに行く。ええーー?(笑)
なんてシュール!
こういう不条理さでこの作品が進むのだとここで気づくワタシ。

「家があってお父さんが居て、お母さんが居て子供が居て、それで初めて
家になる」というお父さんの信念を表すセリフが繰り返される。
家族のかたちに拘る空しさ、無意味さ。
これもこの舞台のひとつのテーマなんですね。

この母売り場で身毒丸は撫子を見つける。
ただ二人の目が合っただけなのか、それとも撫子の何かに惹かれたのか。
そのへんはよくわからなかったんだけど(汗)
とにかく撫子は養子のせんさくと共に家に連れて帰られる。
撫子も住む場所が欲しくて家が欲しくて家族が欲しくて。
一生懸命努めようとするのに身毒丸は母親として認めず、まったく懐かない。

この家族の家のシーンで印象に残るのは家族合わせのゲーム。
お父さんの札、お母さんの札、子供の札を取り合って揃えます。
そのときの「家を守るナントカ(聴き取れず)のお母さんの札をください」
というようなセリフの応酬も面白かった。
この、舞台全般にわたって同じよう言葉が七五調だったり韻を踏んだりして
詩のように繰り返される台詞。
そのせいで現実世界でない雰囲気が満ちていて音楽のようで好きです。

結局、身毒丸が母札を全部持ってるから、家族合わせは成り立たない。
ここらへんのセリフの棒読みで表す家族の白々しさとわざとらしさ。
そのまえのおかずの分け合いとか、カタチだけ整えた家族の嘘が
よく伝わって、シュールでユニーク。
ある意味、残酷なシーンなんだけどね。

そして、身毒丸が実の母を探すために穴に落ちていくシーンも印象的。
その地下の世界は、いつかどこかにあった東京という街みたいで
そこでは我が子を探している母親たちが行き交う。
身毒丸はそこを彷徨ううちに死んだと思った母を見つける。
でも、それは撫子だったのね。

ここから舞台は地獄へと変わり、撫子の呪いのわら人形のシーン。
自分を嫌っている身毒丸の存在と、女として夫に観てもらえない焦燥感。
家での自分の役割に行き詰まり、思い詰め、義理の息子なのに
その若い肉体に惹かれる我が身の辛さもあって、身毒丸に憎しみが
向かうシーン。

鬼気に溢れた白石さんの表情が圧巻でした。
狂った鬼のように見えた後では母のように、そして女にも変わっていく。
白石さんはあちこちで芝居を見かけたし、際だった存在だとわかっていたけど
あらためてその凄さを思い知った感じ。
たっちゃんと居るときに母にも見え、女にも見え、そして妖怪みたいにも
見える(シツレイだな)(笑)
けど、ホントに凄いとしか言いようがない役者さんだよね。

呪いで目を潰され、もがき苦しむたっちゃんの動きも凄まじかったし
その形相は恐ろしく迫力ありました。
顔がキレイだからねぇ、余計に気持ちの激しさや醜さが伝わってくる。

こういう苦しみでのたうつ演技なんかは、少年だったたっちゃんよりも
青年になったたっちゃんのほうが似合ってる気がするけどどうかな。
初演のDVDってあるのかな。
幼い少年の面影のある身毒丸も見てみたい。
たっちゃん、可愛いやろなーー(やっぱそこ)(笑)

そしてラストはオープニングと同じ、旅芸人達のゆっくりとしたもの悲しい行列。
二人は道ならぬ道を行き、世間をはばかって、たぶん男女として生きていく
覚悟をする。

この作品は台詞も独特で七語調とうか、短歌調の部分も多い。。
聞き取って意味を理解するのがワンテンポもツーテンポも遅れるけど
流れるように美しい、詩のような台詞が良かった。
詩的な台詞に思いをこめて空間に発する役者の力も素晴らしかった。
藤原竜也という役者の真価と白石加代子さんの圧倒的な存在感。
そういうものを見せつけられた気がするわ。

たっちゃんはデビュー作がこの「身毒丸」。
街でスカウトされた少年がこの何ヶ月後かにはロンドンの舞台に
立ったんだもんね。
このエピソードにはトリハダたちます。
巡り巡った運命で出来上がった奇跡の作品なんだなあと思って。
役者も演出も脚本も美術も照明も劇場に漂ったお香の香りも(これは
思い違いだったかも)(汗)
すべてがピタッとパズルみたいに合わさったような。
大げさかもしれないけどそんな気持ちになりました。

この作品がロンドンやワシントンで絶賛されるのもわかる気がする。
日本のロマン主義みたいなものへの興味や憧れが満たされる作品。
日本人にとってもそうかもしれないな。
たっちゃんはスターとして世に出ることになったし、そしてファイナルと
いう名の再演、復活という名の再々演があるんだもんね。

とは言ってもワタシはすべてがわかったわけじゃなく(汗)
詩のような台詞に集中してると、役者の動きを見逃したり歌詞を聞き逃したり。
情緒たっぷりなシーンに浸ってると、突然賑やかな歌が始まったり。
いつから二人は男女として惹かれあったのかなという疑問もあり。
「僕をもう一度妊娠してください」の意味もよくわからない。
わからないと言えば、ハンコの踊りとかも。
クスッと笑っちゃったけど、笑うとこではないよね(汗)

ま、こういう作品は感じるものがあればそれでいいと思うんだけど
観終わってすぐ、もう一度観たいと思いました。
あれこれ知ってから見たら、またさらに面白いだろうなあ。
DVD出たらいいな。

印象深いシーンは他にも、なぜかエロティックなお仕置きシーンとか
双眼鏡を持ち上げようかと思ったけど、ちょっと恥ずかして躊躇した
入浴シーンとか(でも、しっかり見えた。アハハ)
撫子の養子せんさくを身毒丸が犯すシーンとか。。。あ、エロシーン
ばかりですか。すいません(笑)
もう思い出せないけど、どのシーンも面白くて目が離せなかった。

たっちゃんは爽やかだけど、ドロドロしたカオスも激しさも哀しさも
演じられる。
悲劇の方が本領発揮と世間では思われてるのかな。
ワタシは個人的には悲劇も良いけど、飄々とした明るい役も似合うと思うし
好きだなあ。
「天保十二年のシェークスピア」の王次みたいな弾けたたっちゃんも
好きでした。
たっちゃんの笑顔は見てるだけで嬉しくなるので。

カテコでは2回目からスタオベ。
3回目出てくるあたりからちょっと笑顔で。
5~6回めには白石さんの手を取り、照れながら笑うたっちゃんが見られた。

今度たっちゃんに会うのはは7月の「かもめ」です。無事にチケットも取れたし。
どんなたっちゃんに会えるのかな。楽しみー!
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by june-sky | 2008-03-11 16:51 | 観劇・演劇
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