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「ヴォイツェク」~こーじヴォイツェク その1

「ヴォィツェク」大楽から1週間。
観るまでは封印していたインタビュー記事やパンフを読んでます。
wowowで録画した映画は記憶の上書きされそうで観てないけれど
もう少ししたら観てみようかな。

写真は大阪大楽の日、友だちとの待ち合わせたお店で食べた
美味しいパンケーキ。
待ち合わせ直前にたまたま見つけてたどり着いたら開店前なのに
すでに行列ができてました。
ギリで入れて美味しい美味しいとパクつき、お腹一杯になって
ヴォイツェクで寝てしまわないか心配に。
さすがに大楽、寝なかったけどねw

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白井さんがどんな思いで耕史くんにヴォイツェクをと思って
くださったのか。
それを知って感謝感謝です。
ファンとしてはところどころデジャブな演技というか
耕史くんならではのパターンはあったけれど(たとえば鼓手長に
ボコボコにされるシーンの運動能力とか、おどおどした仕草で
シーモアを思い出したりとか)、まあそれはこの10年、
同じ作品を何公演も見てこうしてスルメのように思い出しては
味わい尽くしてるファンとしては仕方のないことで。
おおかたのところで本当に今まで見たことのない耕史くんが
見れました。
あまりにも耕史くんぽいところが少ないのと不憫すぎる姿に
カテコでは毎回素が見れたら安心するくらい。
そのくらいあの舞台に居たのは耕史くんではなくてヴォイツェク
でした。

歌うシーンは耕史くんだったけれど、そのときはヴォイツェクの
心の声だそうだから良いんですね。
その声がまた力強くてまっすぐでまた惚れ直しました。
「モーツァルト」のときから感じた声の力強さというか声量と
いうかは耕史くんの新しい武器になったかも。
それまではソフトな声の印象が強かったからね。
あのマリーをナイフで何度も刺すシーン。
歌いながら人を殺してるよーーと最初は驚いたけれど、その
音程の安定感はスゴイです。
人を殺しながら歌うなんて。
凄惨さがいや増すシーン。
ひえーーー!(怖っ)と思いながらもなんだか惚れ惚れと
見とれてしまいましたよ。

演出も白井さんが逐一つけられたそうで、楽になっても変更が
あったりしてその作業が耕史くんも楽しかったようで。
こうして新しいことにチャレンジして苦労する(あ、してないのか?)
耕史くんを待ちこがれていたので今年はホントに嬉しいな。
モーツァルトといいおのナポといい耕史くんの新しい面が
いろいろ見れた。
ファン冥利につきます。

「ヴォイツェク」を思い出すとき一番初めに浮かぶのが、それまでの
兵卒たちが掃除をしている地味な兵舎のシーンから一転、音楽が鳴り響き
後ろの7つの扉が開くシーン。
電飾が灯り、一気にきらびやかで猥雑な、そんな見せ物小屋風な世界が
広がります。
それぞれの扉から7人が登場して派手な衣装の口上人の口上が始まる。
「Ladies & Gentlemen!」
このシーンが好きです。
インパクトがあってグッと心が掴まれました。
あのオープニングシーンのインパクトのおかげで、ワタシの中では
間近で観たときの生々しさや禍々しさが薄れて幻想的な雰囲気の
印象の方が強くなってるのかな。
「ヴォイツェク」はワタシにとってお伽噺のような、綺麗な思い出
みたいになってます。なんか不思議。

そして、耕史ヴォイツェクを思い出すときには。
視線の定まらない虚ろな目や妄想に囚われたときのイッちゃった目、
震えの止まらない指先、おどおどと丸めた背中、緊張や不安から
焦ってせかせか動いてしまう姿なんかが思い出されます。
幸せそうなシーンはほとんどなかったけれどマリーと市に
出かけたときのマリーに向ける優しげな笑顔は二人が
出会った頃にもこんな瞬間があったんだろうなと少し
ホッとさせてくれました。
でも、そのマリーの腰に回した指先はやっぱりきょどきょどと
動いてるんだけど。

もうひとつの笑顔はボコボコにされてからのタンゴ。
あのヴォイツェクの表情も声は優しげで儚げで切なくなる。
メロディーは美しいし(ちょっと宝塚風)、あんな表情であの曲を
歌うのは反則だわと思わずもらい泣き。

マリーの浮気を知ってからのヴォイツェクの苦悩ぶりは
思い出しても胸が痛くなります。
「俺はあの女以外なにも持っていない」と何度も何度も
言っていたのに。
それほど大事な宝物を奪われそうになって、問いつめても開き直る
マリーを見たとき、マリーを自分のものにしておくためには
ああするしかなかったんでしょうね。
「刺し殺せ」という地下からの声はヴォイツェク自身の声だったのかな。
自分の願望が作り出した幻聴。
自分がしでかしたことの愚かさもわからなくて、動かなくなった
マリーを抱きしめるヴォイツェクの姿がなんと悲しいことか。

ヴォイツェクはあんなにマリーを愛していたのに愛情の表し方が
わからなかった。
お金を運ぶことでしか気持ちを表現できなかった。とにかくマリーを
喜ばせたかったんでしょう。
でも、マリーはお金だけではなくてもっとぬくもりや安心が
ほしかった。
ヴォイツェクにはそれが伝わらなくてイライラして冷たくして
しまう。罪悪感にかられながら。
そこに現れた鼓手長にマリーはお金や地位や権力を持った男として
惹かれてしまった。
アンドレースと同じく、マリーもヴォイツェクの得体の知れない
ところが怖かったのかもしれないな。

わずかなお金のために健康を損ねながら動物実験の実験台になり、
辱めを受けながら大尉殿のひげ剃りをして小金を稼ぎ、それも
全部マリーとクリスティアのため。
フラフラになりながらも自分にできることがこれしかないと
ヴォイツェクは彼なりに頑張っていた。
だけど報われないのが辛すぎる。

マリーを殺す直前、池に誘うシーンでは「マリー!」と
無邪気そうな声で呼ぶヴォイツェク。
「知り合ってどのくらい経つのかな?」なんて普通に恋人同士の
ようなことも聞きます。
でもそのうち自分でもわけのわからないことを口走り、マリーに
問いただされると「俺にもわからないよ」と混乱して泣きながら
答えるヴォイツェク。
赤い月に見下ろされて凶行に及ぶヴォイツェクは完全に錯乱して
凶器の世界へ。
歌うのは「それでもただ人生はつづいていく~」のフレーズ。
せつない(涙)

仲間に血まみれのシャツの袖を見られて追いつめられる様子も
ヴォイツェクがわずかな正気の中でうろたえているようで
胸がしめつけられる。
自分のやってしまったことを認識できないのか、マリーの死体が
動かないことを嘆き、「いつかこ~こへ来た~♪」とふたりの
思い出のような詩を歌っている姿がまた悲しくて。
大楽の時の嗚咽しながらの最後のこの歌は耕史くんの渾身の演技
というか得意技というか。お見事でした。

最期はマリーを失ってしまったことを嘆きながらヴォイツェクも
池に落っこちて。
最後の言葉は「俺はまだ血まみれか?」でしたっけ。
この言葉はマリーが言った「血まみれで生まれてくる赤ん坊は
穢れそのもの」という言葉と繋がってるのかな。
して、その意味は?
生まれたときから穢れていてそれを洋服で隠して生きている人間。
その穢れ死ぬまで消えないのか。
いまこのときも穢れたままで死んでいくのか。
ヴォイツェクはさらに罪を犯してるんだからやっぱり穢れたまま
なのか。
穢れているから罪を犯してしまうのか。
そんなことを考えました。

現実にはヴォイツェクは精神鑑定を受け、責任能力があるという
ことで公開処刑されたんですね。
きっとヴォイツェクの望みはマリーとあの世で一緒にいられること。
この白井さんの「ヴォイツェク」ではその望みが叶えられて良かった。
世界中で上演されている舞台やオペラなどの他の「ヴォイツェク」の
結末は知らないけれど。
最後の最後、二人で立っている姿はこの世のしがらみから放たれて
幸せな姿なんじゃないかと思いました。
耕史くんとマイコさんがとても美しい幸せなカップルに見えました。
すべてがヴォイツェクの見た夢だったのかもとここでもまた思わせ
られて現実味がなくなって。
だからそんなに悲惨な思いばかりが残らなかったのかもしれません。

と、とりとめもなくだらだら書きは続きます。
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by june-sky | 2013-11-04 22:42 | ヴォイツェク
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